其々の旅路

伯馬(リウハ)のオリジナル小説

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管理人:伯馬もしくはリウハ
サイト名:其々の旅路
アドレス:http://riu89ma.jugem.jp/
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笑師 07-1
07-1
「こちらです」
 やけに広い鍛練所の中、奥まった場所にある扉の前で彼は止まり、またぺこりと頭を下げた。
「お疲れ、シュウ。話終わったら直ぐに行くから、スズメとムラサキにも声かけて準備しとけ」
「かしこましました」
 鵺に言われてそう答えた彼は顔をあげ、扉を引く。今度はキィ、と音がして、ゆっくりと扉が開かれていった。
 鵺、長に続いて、僕と柊、花が中に入る。全員が入ってからシュウと呼ばれた彼はまた頭を下げ、ゆっくりと扉を閉めた。
 その部屋は、やけに天井の高い、けれども質素な部屋で、綺麗に正方形の形をしていた。奥にはこれも質素な、けれどやたらと書類が積まれている机があり、その横には女性が一人、またも頭を下げたまま立っている。そしてその机について作業をしている男性が一人。利発そうな、けれどどこか遊び人のように見える彼が、綾という人なのだろう。
「よ、やっと来たか」
「悪いな、少し遅れちまった」
「いやいや、大体こんなもんじゃないかと思ってたさ。長もご苦労だったな」
「私は私の務めを果たしただけです」
 長が、敬語を使ってる。でも、鵺は普段と同じ話し方だった。案内屋より立場は上で、僕達と同じくらいの立場、ってこと? でもそれなら長は僕達より低い立場にいるはずだし、だけど長は僕達と普通に話す。
……よくわからないなぁ。
「長、下がれ。調べる事が残っているだろう」
「はい。失礼します」
 何も言わずに、見向きもせずに、長は僕たちの横を擦り抜けて扉に向かい、そのまま部屋を出て行ってしまった。綾という人なのだろう彼は机の上の書類を手に取り、文字を追ってから厄介そうに唸る。
 鵺がひょいとその書類を覗き込もうとすると、空いている手でパコンと叩かれてしまった。
 ……凄いな、綾さんは。
「いいじゃねぇか、見るくらい」
「機密書類の山だと言っているだろう、いつも」
「ならここに案内すんじゃねぇよ」
「はは、まぁ細かいことは気にするな」
 この人もそうだ。鵺と昔から繋がりがあるような会話をする。さっきのシュウって人もそうだったし、たぶん入り口で頭を下げていた女性二人もそうなのだろう。
 鵺は顔が広い……とかそういう問題じゃなくて。
「さて、初めましてということになるな」
 綾さんはすっと僕らの前に出て、にこりと笑った。落ち着いた大人の男性が浮かべる、どこか安心感を与える笑みだ。鵺よりも身長が高いのに圧迫感がないのは、取り巻いている雰囲気と細い体躯の所為だろうか。
「俺は綾。気安く綾と呼んでもらって構わないし、敬語もいらない。どちらかと言えば、立場は君たちの方が上なんでね」
「どちらかといえば、じゃねぇよ。俺らの方が上なんだ」
「鵺、紹介してくれ。彼らは状況が把握できていないだろうしね」
「わぁったよ」
 あぁ、そうか、僕らも名乗らなければならなかったんだな……なんて、今更思っても仕方が無い。
鵺は僕の横に並んで、ほら、と促した。
「え?」
 ほら、と言われても。
 何も言うことが思いつかず僕はただただ鵺を見返してしまって、綾さん……じゃない、綾がふふ、と笑う。
「鵺、君が紹介するんだ」
「あー……面倒臭ぇなぁ」
 ぎゃは、と鵺は笑った。綾も苦笑して、そして何故かすっと柊を手で示す。あぁそうか、なんて鵺は呟いて、柊の後ろに回った。
「こいつは、斉藤柊。笑師」
 どうして僕からじゃ無くなったのかはイマイチよくわからないけど……まぁ、『そういうもの』なのだろう。
「……よろしくお願いします」
 ぺこり、と柊が便宜的にといった感じで頭を下げると、綾はおやおや、と芝居がかったように笑った。
 うーん、やりづらい。
鵺も綾も、何もかもを教えてくれればいいのに、二人だけが理解しているものだから僕達は何となく蚊帳の外だ。
 花も彼らの遣り取りをみながらちらりと僕に目をやって、少しだけ首を傾げたし。
「柊嬢、言っただろう、私は君たちよりも下の存在だ。名乗るのであれば、簡潔に名乗ってくれ。これ以降、色々と問題が起こらないようにね」
「……私は、斉藤柊。笑師」
「あぁ、ありがとう」
 柊は不機嫌そうに……いや、違う、どこか困惑したような表情だった。
どういう意味なのか、一体何が起こっているのか、綾がどんな人物なのかわかっていないからなのだろう。僕や花よりも警戒しているような気がする。
「こっちが高橋花。笑姫」
「笑姫の、高橋花です」
「よろしく、花嬢」
 花はといえば、警戒って何? とでも言い出しそうなくらい、にっこりと笑顔を向けた。鵺や長と親しく話していたから警戒する余地はない、と判断したのかもしれない。
 というか、柊は人見知りするから、花はしないから、と言ってしまえばいいことか。うん、そんな感じ。
「で、こいつが空使、田中ハジメ」
「空使の、田中ハジメ。よろしく」
「あぁ、よろしく。君が問題のハジメ君だね」
「……問題?」
「そう。まずは今から君たちに、この世界の本当の仕組みを説明する。さぁ、そこに掛けて」
 そうして大袈裟な動作で示された場所には、いつの間にか二つ並んだ二人掛けのソファと、テーブルを挟んで、もう一つ二人掛けのソファがあった。
 僕も、柊も花も、驚いて綾を見てしまう。彼はくすくすと面白そうに笑って、さぁ、とまた僕らを促した。
「鵺、君はこっちだ。説明する側なんだからね」
 並んだソファの一つに柊と花、もう一つに僕が、花を真ん中にする位置で座る。向かい合って、花の目の前に綾が、その左隣、柊の向かいに鵺が座った。
「君たちにしてみれば、途方も無い話になると思う。しかしもうこの世界で幾日か過ごしたのだから、信じるしかないとわかっているだろう。質問は全てが終わるまで、無しだ。話が飛んでしまうかもしれないからね」
 やわらかな口調で、綾はそう断ってから、話し始めた。

  *

 この世界は、「不可視世界」と呼ばれている。ただ単に元々の世界とこの世界とをわけるためだけに、そういった呼び名をつけただけ。つまり、元の世界は「可視世界」だ。
不可視世界は、大昔に今で言う「日本人」の中の、特殊な能力を持つ者たちが大勢集まって作り出したらしい。詳細は未だにわかっていないが、この世界の住人となる者が日本人だけであることから、作ったのはおそらく日本人だろうという予測がされている。
この世界の存在意義は、「可視世界を再構築する」ため。
可視世界は、様々な場合に「混沌」となる。現代で言えば大規模な戦争がその例だ。
この「混沌」は一箇所で生まれると様々に広がって行き、止め処無く広がってしまえば世界全てを覆って、世界の消滅を引き起こす――大昔にこの不可視世界を作り出した者たちはその結論にたどり着いたのだ。
それが本当なのか、それともただの仮説なのかと言われれば、紛れも無く本当のことである。事実、これが仮説とされていた時に大規模な混沌が日本を包み、最悪の事態を引き起こした。
今はもうその「最悪の事態」を直接見た者の数は限られているが、最悪の事態が引き起こされた際、その仮説を立てた日本人達は、全力を尽くして「世界を再構築」したのだという。
日本の技術などの発展開始時期がやけに遅いのは、「再構築」されたからである。余りにも混沌が広がりすぎたために元の状態に戻すことが出来ず、仕方が無く最終手段として「最初の状態に戻す」という「再構築」を行なったのだ。
再構築終了後、この混沌がまた広がってしまう事態を避けるために、その時代に「再構築」を行なえた特殊な能力を持った者たちが作り上げた別世界――それが「不可視世界」だ。
自分たちが元々いた世界からは、どうやってもこの世界を見ることは出来ない。しかし不可視世界からは可視世界を見ることが出来る。不可視世界は、可視世界を維持するために生まれた「人工的な別世界」だ。
出来た当初は、現在の日本のみを再構築するための世界だったのだが、段々とその範囲は必然的に「全世界」へと広がって、現在に至る。

  *

「……本当に、途方も無い話ね」
 綾が言葉を切って少しの間、沈黙があった。僕たち三人はその世界に圧倒されていたのだけれど、柊がぽつりと呟いたことによってすっと体から力が抜ける。
「そうだろう。私も始めてこの世界に導かれた際、こんな現実が有るという事実に眩暈がした。だが本当のことだ。冗談で言える話ではない」
「綾はどうしてこの世界に?」
 あ、質問しちゃいけないんだっけ、と思って僕が言葉を止めてしまうと、綾はああ、と苦笑するように笑った。
「言っていなかったか。私はこの鍛練所の管理人。そして、君たちをサポートする役目を負っている。君たちが円滑に旅を進められるようにね」
 旅、か。そういえば僕達は一体なんのために世界を旅するのだろう?
それに、再構築は恐らく、僕の力――空間回帰能力が必要なはず。だったら何故、笑師や笑姫が存在しているのだろう?
 驕り高ぶっているわけじゃない。どうせだったら空間回帰能力を持つ者だけを集めればいいんじゃないのか、と思うからだ。
「さて、次は君たちの役割についてだ。ハジメ、きっと君は頭の回転が良い様だからこう思ったのだろう? どうして空使だけで旅をしないのか、と」
「……うん、思った」
「それは正論だ。しかし、モノには手順があるのさ」

  *

 世界を「再構築」する――そのタイミングは、混沌が生まれかける瞬間だ。混沌とは突然生まれるモノ。しかし、前触れが無いわけではない。
混沌が生まれる場所は、世界で最も「荒れている」場所だ。
先ほど言ったように、その場所は現代でいう「戦争の場」、つまり戦場ということになる。戦争の場となっているそこがある程度荒れ、かつさらに酷く荒れるその瞬間に混沌は生まれる。
そして「混沌が生まれる場所と瞬間」を予測できるのは笑姫のみ。
生まれた混沌を消滅させることが出来るのは笑師。
混沌が生まれた場所を、荒れる前の状態に戻すのが空使。
笑姫、空使を一人ずつ、笑師は二人というこの四人が、再構築をするために必須なのだ。
彼ら四人は単純に「パーティ」と呼ばれる。
そのリーダーとなるのが「笑姫」。笑姫がいなければ混沌を察知することが不可能なので、最も重要だ。
パーティとなる四人が不可視世界にて揃うと、四人は基本的には可視世界を旅することになる。
それは、笑姫に混沌とそうでないモノとの区別をつけさせる技術を身につけるためであり、空使に荒れる前の状態の世界を見てもらうためだ。
この旅をする期間というのが最も長い。何故かというと、パーティは全部で必ず十組存在するからだ。
最も古いパーティは、そろそろ世界に混沌が生まれ、再構築を行なう。二番目から九番目までのパーティは、それぞれ自分たちの出番になるまで、世界を旅する。そして十番目のパーティは、まだ全員が揃っていないパーティだ。
つまり、つい先ほどこのパーティが揃った、ということは、九番目のパーティになったということ。
それは最も古いパーティが再構築を終えて、解散したということになる。そして今、十番目のパーティが結成を始めたのだ。

  *

 世界の、再構築。
 混沌。
 笑姫、笑師、空使。パーティ。
 確かに、途方も無い話だ。RPGなんかでよく見るような見ないような設定にも思える。
 現実なんだ。
 上手く、頭が回転しない。とりあえず思ったのは、鵺は結局何も説明してないじゃん、ということだけ。
「花嬢」
「は、はい」
「ふふ、そんなに畏まらなくても結構だよ」
 綾は柔らかく笑って、けれども直ぐにしっかりと花を見据えた。
花もそれに答えるように、はい、と返事をする。
「いいかい、貴女を脅すわけではないが、貴女たちが再構築をする時になった際に最も重要なのは無論、貴女だ。笑姫であろうと、しっかり力を発揮できない限り、察知することもまた不可能。事実、私はたった一組だが、察知できずに混沌を広げてしまったパーティを見たことがある」
「……はい」
 花が神妙に頷いた。
僕も何故か、背筋をぴっと伸ばしてしまう。柊もどうやら僕と同じ反応をしたようで、綾は可笑しそうに笑いながら、君たちなら大丈夫そうだね、と呟くように言った。
「何、きちんと教わればそれほど難しくないと言われているよ。貴女や、柊嬢、ハジメ君などを育て上げるためにあるのがこの鍛練所だ。しばらくはここで暮らし、力を磨かなければならない。覚悟はいいかい」
「うん、大丈夫」
「それはよかった。柊嬢」
「はい」
 今度は柊が呼びかけられて、僕はどきりとした。柊への言葉が終われば、呼びかけられるのは僕だ。
「貴女の普段の役目は、世界を旅している際に笑姫と空使を護ることだ。笑姫と空使は、戦闘をするような存在ではないのでね。無論、鵺も支えてくれるとは思うが、その覚悟はあるかい」
「勿論よ」
「良い目だね。さて、ハジメ君」
「はい」
 呼ばれてまた、とくん、と鼓動が高鳴った。膝に置いた手には緊張のあまり汗をかいてしまって、何だか情けなくなる。
 柊も花も、あんなにしっかりしていたじゃないか。僕がしっかりしていなくてどうするんだ。
「君には、色々辛いことがあると思う。まだ長が調査中だが、どうやらこっちに君の兄がいるそうだね」
「……そうみたいだね」
「モトイ、と言ったか。残念なことに、彼は我々と敵対する組織に属している。どこかで相対することもあるだろう」
「それは、平気」
「……おや、私は何も言っていない。戦えないのであれば、それでも構わない。だが、」
「何となく、予想はしていたから」
 鵺と長のあの時の遣り取りと、僕に話したがらない事を踏まえれば、僕達と仲良くできそうにはないんだな、ということくらいは予想できていた。
 それならそれで、仕方が無いと割り切った。
 日に日に、基の記憶は増えていく。一緒にゲームをしたこと、基は格闘ゲームがやけに強くて、悪役キャラばかり使っていたこと、RPGは全然出来なかったこと。平凡な僕と違って誰とでも平等に接し、尊敬を集め、勉学も出来、素行もよく先生の信頼も厚く、だけどどこか日常を冷めた感情で過ごしていたこと。
 だけど、それは、もう昔のことだ。
 僕は、今更ながら思い出した基のことよりも、柊や鵺や花みたいに、仲間と呼べる人たちと一緒にいるほうが良いと思っているから。
 それに……僕は少しだけ、基の事が嫌いになったから。
「僕に出来ることは、何だってするつもりだよ」
「……そうか。ならば話は早い。覚悟も充分だな?」
「はい」
「よし、わかった」
 綾は満足そうに頷くと、すっと立ち上がった。
座っているこの位置から見上げるとやはりすらっと背が高い。真っ黒な髪を首の後ろで括っているようで、たぶん肩くらいまでの長さがあるんだと思う。彫りの深い、でもどこか優しい中性的な彼は、男の僕から見ても格好良い人に見えた。
「今日の所はここで話は終わりにしよう。敵対組織の事もすぐに知りたいだろうが……君たちはまだ、会わなければならない者がいる。鍛練場へ行き、君たちがこれからする『修行』の内容を伝導師たちから聞いてくれ」
 鵺が立ち上がったのを見て、僕達も立ち上がる。そういえば、と思って机の傍を見れば、あの女性は僕達の話を聞いていたらしい。僕と視線が合うと、少しだけ慌てたように頭を下げた。
「サクラ君」
「はい」
 サクラと呼ばれた彼女は素早く歩みだし、僕が手を掛けようとする前に扉を開けた。にこ、と柔らかい笑顔を向けてから、彼女はまた一礼をする。
「何かあったら、いつでもここに来るといい。ここにいなければ寝室へ来てくれ」
「……じゃあ、一つ聞いていい?」
「何だい」
 僕はどうも引っ掛かっていた一つのことを、ふと振り返って綾に質問した。
「どうして、長と鵺に阿呆だって言われてるの?」
「あぁ、僕がいつもやたらと物を壊すからだろう。どうも落ち着きが無いのか、あちこちに服を引っ掛けたりグラスを落としたりドアノブを捻れば取れてしまったり何もないところで転んでしまって骨を折ったりしてしまうんだ」
「……そうなんだ」
 想像もつかないけど、そうかきっとこの人、落ち着いているように見えるだけなんだ。ドジって言ったほうが適確だろう。
隣の柊と花もくすくすと笑っているので、綾は少しだけ苦笑した。
「しかし、長が言っていたのか? 彼にそう言われるようになったって事は、少しは認めてもらえたってことかな」
「え?」
「私は長よりも後にこの仕事に就いたんだ。先代にちっとも追いつくことが出来なくて、相手にもされていなくてね」
 やっぱり長は随分と長い間ここにいるらしい。でも、あの言葉はからかっているだけでどこにも棘は無かったような気がするけど。
「それじゃ、頑張って」
 扉が閉まって、鵺が先に立って歩き始めた。僕達三人は鍛練場がどこなのかわからないので当然だ。
 鵺は何だか可笑しそうに笑っていた。
「長はアイツを嫌ってるわけじゃねぇんだよ」
「あ、やっぱりそうなんだ」
 僕がそう返すと鵺もぎゃははっと楽しそうに笑う。後ろにいる柊と花も可笑しそうに笑っていた。
「あぁ。ただ、綾は身長がやたらと高いだろ? 見下ろされるのが嫌らしいぜ」
「……長も大変だね」
「まぁな。アイツが味方を嫌うわけねぇんだよ」
 そういえば、その長は一体どこに行ったんだろう? 考えてもわかるわけじゃないので、僕はそこですっぱりと思考を止める。
 鵺が鍛練場に行く途中にある様々な部屋や場所の名前を教えてくれるらしい。取りあえずの所は鵺についていくだけだ。
 これから大変なことが色々あるに違いないけれど、ああきっと大丈夫だろうな、なんて僕は漠然とそう思った。
 理由なんかないけど、そうだね、あるとしたら、ここでこうしているこの雰囲気が、とても心地良いからだろう。


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